演舞場発 東寄席 第二十回 2016年11月29日
11月29日、ここ新橋演舞場の地下食堂『東』では2016年最後となります、第二十回目の東寄席『落語と日本酒と江戸野菜、山梨早川町の秋の味覚を楽しむ会』が開催されました。
今回、新橋演舞場地下食堂『東寄席』には四度目のご出演となります、柳家さん喬師匠にご登壇いただきました。
第一回、第三回、第十回、そして今回の第二十回と東寄席の節目となる回には必ず、さん喬師匠にご出演をお願いしております。会場はいつもより20席近く増席しているにも関わらず満席御礼です!
さん喬師匠は1980年、文化庁芸術祭を受賞の後、1981年真打に昇進。
それからも国立演芸場金賞、選抜若手演芸大賞真打部門大賞、第十一回浅草演芸大賞新人賞、文部科学大臣賞、国際交流基金金賞、浅草芸能大賞奨励賞など数々の賞を受賞されており、
本格古典落語の名手として名高く、落語の高座を舞台に変える、と芸の美しさでも評価の高い噺家さんです。
ただ単に良い噺を聞かせればいいと言うのではなく、ライブでしか感じることのできないお客様との『間』を感じ、同じ空気を吸うことが大切と考えている、さん喬師匠。
生で、しかも東寄席のような近距離で、美味しいお酒とお料理と共にその卓越した話芸を堪能できるのだと期待に胸が高鳴ります。
日本酒を楽しむ会
本日の「日本酒を楽しむ会」にお酒をご提供くださったのは、長野県岡谷市の『豊島屋』さん。若手杜氏が造り出す香り豊かな日本酒、その名のごとく『豊香』です。まずは燗酒でいただく『純米 絹ごし』。
程よく温まったお酒がツーっと味わい深い水のように喉を流れ、後に鼻から芳醇な香りが抜けていきます。
本日のお料理「酒の肴膳」の新鮮な烏賊の塩辛やはじかみをいただきながらクイっと飲みほすと、まだ少し冷えた身体の緊張を解きほぐしてくれるよう。
彩も鮮やかな揚げ銀杏や青唐も口に放り込み、食べては呑み、呑んでは食べる。開演まで賑やかに談笑する会場のお客様の様子からも、お料理とお酒の相性の良さが伺えます。
さて、毎度おなじみ望月酒店ご主人・望月太郎さんと豊島屋代表の林さんのお話に耳を傾けながら、料亭気分で食事とお酒を楽しみます。
慶応3年創業、来年で150年続く豊島屋さんは、生糸の販売が一番最初。昭和47年頃にはお酒だけではなく味噌や醤油も造られ、蔵元としての歴史も古くていらっしゃいます。
地元に愛され続けている『神渡(みわたり)』と、信州諏訪の平で七年に一度の天下の大祭御柱祭りに因んだお酒『清酒 御柱(おんばしら)』などこだわりの定番酒を造る傍、
世代交代を機により良い本物志向のお酒を!という想いで生まれた『豊香』。こちらはまだ約10年という若さながら、数々の賞を取っている本物のお酒です。
限定流通という形で販売しておりまだまだ知られていないお酒ということから、できるだけ多くのお客様に味わっていただきたい、と今回ご提供いただきました。
最後に「特に燗酒はその飲みやすさからアテも進むうえあっという間に酔っ払ってしまいますから、飲んだお酒の3倍くらいの量のお水を摂るようにしてくださいね。」と望月さんからのご指導。
示し合わせたように手元のコップへ水を注ぎだす皆さんの姿が微笑ましい光景でした。
豊島屋さんからご提供いただきました本日のお酒は、4種類の『豊香』ブランド。どのお酒も豊かな香りとそれに負けない綺麗な味わいが特徴です。
(写真右から順に)
・豊香 燗 純米 絹ごし(燗酒)
・豊香 秋上がり 純米(常温)
・豊香 純米吟醸 金紋錦(冷酒)
・豊香 純米大吟醸 たかね錦(冷酒)
江戸野菜を楽しむ会
お次は、こちらも毎度おなじみ、江戸東京野菜コンシェルジュを兼任されているTYファームの島田さんから、本日の江戸東京野菜の『亀戸大根』について。
「こんばんは!」と元気な挨拶に「こんばんは!」とお客様からも笑顔でお返事が。「小さくてアッという間に終わってしまったと思いますが…ふろふき大根と烏賊の塩辛にあったかいお酒、最高ですよね。お酒のペース上がっていませんか?大丈夫ですか?」と
会場を見渡しながら、茶色い紙袋から取り出したのは、純白が美しい小ぶりな大根。
「これが、亀戸大根です。」
私たちが日常的にスーパーで目にする大根に比べ、そのサイズはかなり小さめ。長さとしては25cm〜30cmが一番柔らかく美味しいのだそうです。珍しい丸葉も綺麗な若い青色でその鮮度が伺えます。
元々は緑の軸の大根だったのに、突然変異で出てきた白い軸。ところがこの白い軸の大根が肉質は緻密、甘くて美味しいと評判となり江戸時代に3倍の値段で売られたという亀戸大根です。
捨てるところのない美味しさということで、お料理の中ではふろふき大根や大根葉油炒め、おろしを手打ちそばに添えてお楽しみいただきました。
本日のお料理
今回のお料理の食材は、日本で一番人口の少なく、面積の96%を森林に囲まれた名湯の街、山梨の早川町から秋の味覚を届けていただきました。
先付けには、早川町産のこんにゃく味噌田楽と亀戸のふろふき大根柚味噌添えを。酒の肴膳の八寸には、海老芝煮や帆立照焼き、大根葉油炒めやはじかみ、烏賊の塩辛。 旬の揚物のほか、茄子のオランダ煮や海老入り銀あんかけなど燗酒が進むお料理の数々です。 向付の鰤と鮪は、程よくのった脂の甘みとねっとりとした食感がただ新鮮なだけではない、厳選された素材の旨味を感じさせてくれました。
早川町産ジャンボ椎茸焼きは、旬もそろそろ終わりで若干小さめとは言いつつも、その大きさと厚みに驚き椎茸焼きの香ばしさを引き立たせる割り醤油とジューシーな旨味に二口目以降は開く口も大きくなってしまう程。
そして本日の御飯替りには、今朝打ったばかりの早川町産手打ちそばに亀戸大根のおろしと存在感のある早川町産のなめこを添えて。ふろふき大根ではあれだけ甘かった亀戸大根が、ここではほんのりキリッと辛味を効かせてきます。
最後は、色鮮やかな山葡萄ゼリーをオレンジとともにお楽しみいただきました。
12月17日(土)のアド街ック天国(テレビ東京)では、早川町が特集されます。ぜひご覧ください。
本日の落語演目
開口一番『たらちね』
開口一番を飾るのは、金原亭小駒さん。志ん生師匠の曾孫さんであり、先代馬生師匠のお孫さんでもあり、さらに志ん朝師匠は大叔父という噺家一族のご出身です。
2013年9月に金原亭馬生師匠の元へ入門され、2015年1月に前座となりました。
「20世紀少年」という映画では、山田清貴のお名前で幼少期のヤン坊・マー坊役を演じた俳優さんでもあります。
ニコニコと満面の笑みをたたえながら登壇されると、壇上がパァっと明るくなったような気がしました。
演目は江戸落語の『たらちね』。
大家の紹介で器量良しな娘を妻にもらった八五郎。しかし娘は幼い頃から京都へ奉公に出ていたせいで、言葉づかいがあまりにも丁寧。
つまり馬鹿丁寧になってしまうため、何を言っているのかさっぱり伝わらず起きる騒動を描いています。
小駒さん、前座ながらさすがに場馴れされている雰囲気で声も大きく、口調も明快。セリフ上の祝詞などまるで本物の神主のようです。
早速今晩、婚礼の祝言をあげようじゃないか、と八五郎が自己紹介がてらに名を問うと娘はこう答える。
「自らことの姓名は、父は元京都の産にして、姓は安藤、名は慶三、字を五光と申せしが、わが母三十三歳の折、ある夜丹頂の体内にいるを夢見て妾(わらわ)を孕めるが故、
垂乳根の胎内を出でしときより鶴女(つるじょ)。鶴女と申せしが、それは幼名。成長の後これを改め、清女(きよじょ)と申し侍るなり」
できるだけ短くあるべき名がこうも長いと何を言っているのかわからない。紙に書いてもらって読み上げるも後半は読経と化し、チーン。
「万が一、火事にでもなったらお前が名前を言ってる間に焼け死んでしまうよ!」と若い二人の様が情けなくもいじらしい。
今回、短く編集して語っていただいた『たらちね』でしたが、初々しくも堂々とした高座で安定感のある一席。思わず吹いてしまう語り口の小駒さん、お見事でございました!
さぁお次は待ちに待った今夜の大主役、さん喬師匠の出番です。「待ってました!」の声の中、静かに壇上へ登られるさん喬師匠のお姿を目で追います。
桔梗鼠(ききょうねず)色のお着物に、黒鳶(くろとび)色の羽織姿でゆっくりと、しかしピンっとした姿勢でお座布団へ。
決して堅苦しくないその自然な座り姿は、背景の金に照らされとても美しく上品に感じられます。
「出てきた途端に待ってました!なんてお声をかけていただきますと思わず、本当かよ…なんてね。」と優しい声で距離を縮めてくださいます。
一席目『掛け取り』
まずは先の小駒さんの家柄の話題から。「血筋は、いいんです。血筋はね、今のところまだ前座ですから、この野郎!とか言ってね。」などと冗談を交えながらも、開口一番を務め上げた小駒さんを称えます。
お酒や江戸野菜に関する望月さんや島田さんの話しっぷりにも「とうとうと語っていて、私たち落語家よりもお上手なんじゃないだろか…」と本日の出演者の方々へのお心遣いも忘れません。
ひとしきり和やかな笑いを楽しんだところで「美味しいお食事、もちろん私たちの噺も皆さまのお酒に花を添えられればと思っておりますので、どうぞ、本日はのんびりとお過ごしください。」とご挨拶。
どう本題へ入っていくのか、そこが落語の楽しみでもあるわけですが、さん喬師匠のいかにもを狙わない誠実で真摯なお姿に胸を打たれました。
さぁ、さん喬師匠の話芸を心置きなく楽しむ時間です。
落語家さんの世界では12月30日くらいからお弟子さんへお年玉を準備されるそうで、その様子を皮肉を交えながら面白おかしく語ってくださり
「正月は 前座になりたい お年玉」。
いよいよ本題『掛け取り』は古典落語。大晦日を舞台に、掛け金(ツケ)の回収=掛け取りにやって来る借金取りと、
借金取りの好きな芸事を利用してケムに巻き撃退しようとする主人公とのナンセンスなやりとりが展開される、賑やかなお噺です。
長屋住まいの八五郎と妻の元へ、4人の借金取りがやって来る。来られても払える金がない。そこで大家には狂歌、浪花屋には浄瑠璃、相模屋には芝居、魚勝には喧嘩、それぞれが好む芸事や趣味で対抗します。
細かい窮屈な空気は一切感じさせないのに、会話を通して見えてくる登場人物一人一人の性格設定とその豊かな表現力に惹きこまれ、夫婦の小さな文句の言い合いだけでもクスリと笑わせてくれます。
お噺のスジだけでなく、登場人物一人一人のキャラクターや金屏風に映されているようなリアルなその場の情景に大小笑いの波が押し寄せ、久しぶりに腹の底から笑わせていただきました。
会場中からの鳴り止まぬ拍手は、期待を裏切らない話芸への称賛と心と腹を満たしてくれたこの一席へ対する、可能な限りの感謝を表現しているようでした。
二席目『幾代餅』
「この頃は男と女の区別もつかなくなりましたね、皆さん顔も肩幅のサイズもほとんど同じで…」師匠の語りに、どんな男女のお噺が始まるのかな?と胸が高鳴ります。
『幾代餅』は上方落語の演目の一つ。そして開口一番を務められた小駒さん一族の師匠方が得意とされた演目でもあります。
米屋の奉公人 清蔵がここ三日ほど寝込んでご飯も食べず、話しかけてもうわの空。
聞き出したところ、人形町の絵双紙屋の前に掛けられていた錦絵に書かれた吉原の花魁、今をときめく幾代太夫を見て一目惚れ。
「吉原に行けばこの人に逢えるんですか」と周りの人に聞きますが、
「おめえみてぇな職人なんぞ逢ってはくれねぇ」と嘲笑され、逢えないならば死んでしまったほうがいいと思ったほどの恋患い。
心配した親方は「一年の間、兎に角働いて金を貯めろ。そうしたら幾代太夫に会わせてやる。」と約束をします。
すると清蔵は途端に元気になりご飯もモリモリ食べ、一生懸命働き一年で十三両と二分という金を貯めます。
すぐに一年は過ぎて清蔵は親方の前へ出て、いくら貯まったか聞くと十三両と二分。
親方は約束を思い出し、足して十五両にして遊び達者なお医者の先生に案内役を頼み、清蔵の身なりを整え身分を野田の醤油問屋の若旦那ということにして吉原の大門をくぐらせます。
清蔵と幾代太夫は晴れてご対面となりますが…さぁ二人は結ばれるのでしょうか。
師匠演じる、恋患う清蔵の少し病んだような頼りない姿、優しくも清蔵をからかってしまう女将さんの世話焼き、吉原から戻ってきた清蔵を迎える米屋の親方たち、幾代の少ないセリフで表現された真直ぐさ。そして
若者の純な気持ち、周囲の暖かい眼差し、幾代のまごころに感動してしまったのか。最初はいつも通りだった会場もしわぶきせず聞き入り、鼻をすする音、目元を拭う姿が見られました。
清蔵と幾代が両国に餅屋を開きこしらえた、「いくよ餅」は、焼いた餅に餡をまぶしたあんころ餅のようなもので江戸時代中期、両国の名物餅であったといいます。
また吉原へいく際、身分を醤油屋問屋の若旦那としますが、現在も野田にはキッコーマンの本社があったりしますので、本当にこう言ったお話があったのかもしれない…
と想像力を掻き立てられたことがより一層涙を誘ったのかもしれません。
そして店を開いた噂を江戸っ子が聞ききつけ、幾代を一目見ようと、また、こういう美談を聞いて応援してやらなきゃ江戸っ子の名折れだと言って店にかけつける様子は、
まるで当時の様子をそのまま、ここ東にあるようでそして、そのまま人情噺のようで心温まりました。
落語は笑わせるだけではない。さん喬師匠の話芸の見事さに感服いたしました。
皆さまお楽しみの抽選会!!
さぁ、今宵もお楽しみの大抽選会!今回は早川町より数々の特産品のご提供もございまして、プレゼントは盛りだくさんです!
売り切れの中なんとか手に入れてくださったという、楓の木から採れたメープルシロップや特産のなめこの他、ワインやぶどうジュースが早川町からのプレゼント。
こちらのジュース、なんでもワイン用に作ったぶどうが思いの外美味しくできてしまったのでジュースにしたものだとか。女性陣の目がきらりと光ります。
TYファームさんからは本日ご紹介いただいた『亀戸大根』や『朝採れお野菜セットのお届け』、豊島屋さんからは一合升や前掛け、
演舞場からは、現在公演中の『舟木一夫特別公演』のチケットを5組の方へ。
さん喬師匠からは数種のハンカチや手ぬぐいにマグカップのさん喬グッズの他、本日書いていただいた『サイン色紙』などが賞品となりました。
私の近くに座られていた女性のお客様は、さん喬師匠の大ファンの方のようで「手ぬぐいが欲しい!手ぬぐいが当たると良いのに…」と拝みながら願っておりましたが、手ぬぐい残念ながら当選せず。
がっかりされているご様子でしたが、なんと!最後の最後でサイン色紙をゲットされていて、大変喜ばれていました。
本日の高座の素晴らしさに加え、お客様の強運を目にできた感動と皆さまが楽しまれ喜ばれているお姿、そして実は30分も予定より延長した寄席となりまして、
2016年最後の『東寄席』、いつにも増して格別なひと時でございました。
2017年も、演舞場の台所がもてなす旬の味覚と全国各地の美味しいお酒をご用意し、皆さまのお越しを心よりお待ち申しております。
新橋演舞場『東寄席』引き続き何卒、宜しくお願い申し上げます。